2013.01.24:木曜日
敬愛する大先輩 安西水丸氏

 

 

 

現在、安西水丸個展を開催中です。今年は1984年から個展を開催して頂いている水丸氏の記念の展覧会です。そんな水丸氏について2010年に発表した「ギャラリーノート」という本の一章をご紹介させていただきます。少し長いのですがお読み下さいましたら嬉しく思います。

 

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 そんな日々を過ごしている或る日の事、安西水丸さんがぶらっと画廊に現れた。本当にぶらっと立ち寄られた、という感じだった。その日より以前にもお会いした事があったかどうか覚えていないのだが、ごく自然な感じで「木村さんは僕の後輩なんだってね。イラストレーションの世界にはあまり同じ学校の人がいないですね」と話され「僕に何か出来る事があったら、言って下さい」とおっしゃるのだ。

 私は間髪入れずに湯村さんとの事をお話しし、「急なのですが、できたら個展を引き受けて頂けないないでしょうか?」と図々しくもお願いしてしまったのであった。

 その日の事を今でも覚えている。まるで神様が舞台の陰から配役をしている様ではないか、と思った。それは安西さんも湯村さんも与り知らぬことであり、私サイドからの一方的な僭越至極な見解なのだが・・・ 

 お二人共イラストレーション表現としては、シンプルな線と面の表現という形態である。そんな表現形態の中に共通するテイストと、全く異なる個性が存在する事を魅力的なその画面の中から発見し、楽しませて頂いたものである。新聞や雑誌や広告にと、様々なジャンルで大活躍のお二人のイラストレーションに出会わない日はなかった様な気がする。まだまだ雑誌も広告も元気な時代であった。

 まだ画廊が若い時代に、両雄とも言うべきお二人と出会い、楽しく素晴らしい仕事をご一緒させて頂く事が出来た事をどれ程幸運であったか、今になってしきりに思う。

 水丸さんとは 1987年からずっと いくつものシリーズのシルクスクリーン版画を制作して来た。版画作家ではないので、大体10部から20部限定の少ない枚数しか作らない。極めて原画感覚の貴重品だ。すっきりしているが味わい深い、希有な個性の水丸さんの作品はずっと永続的に人気があり、気がついたら20年間もの間売れ続けており、この画廊の宝物の様な存在である。

 水丸さんは村上春樹さんと時々仕事を一緒になさるので、そんなご縁からギャラリーでも何度かお二人の展覧会を開催させて頂いた。「夜のくもざる」や「村上かるた」の書籍の原画と言葉の展覧会だ。

 世界の村上氏であるが、いつもとても静かな存在感で立っていらして、オープニングパーティーの時来客から村上氏のすぐ横で「きょうは、村上さんはいらっしゃるのですか?」と聞かれた事もある。

 水丸さんの著作に「普通の人」という、普通のサラリーマンや主婦の日常を、楽しげに見えるマンガで描いているのだが、ひじょうに何と言ったらよいのかわからないアイロニカルな不条理な空気感があり、水丸さんの知らない側面が浮かび上がって、マンガそのものの面白さと共にどうしても作者にも興味が湧いてしまう。でもその不条理な不思議感覚をどう表現したらよいかわからなかった。そうしたらこの本の解説文を村上春樹さんが書いていらして、この本「普通の人」こそが安西水丸の「極北」ではないか、と表現されていた。村上さんは水丸さんのこうした面をものすごく理解なさっていて、誠に的確な表現で解説して下さっていたに違いないが、私は「水丸氏の極北」というオリジナルな素晴らしい表現にすっかり心を奪われてしまった。見事なプロの表現に、目から鱗が落ちたと同時に未知の領域を発見した気もして、本当に楽しませていただいた記憶が残っている。マンガの具体的な記憶はなく、エッセンスとしての(極北の)記憶しかないのだが、このお二人を流石なものだ、と実に感心したことが昨日の様に思い出される。そんな事を考えながらオープニングの時等静かなさり気ない佇まいでいらっしゃるお二人の姿を思い出すと、思わずくすっと笑ってしまいそうになる。

 水丸さんはイラストレーションだけでなく、小説やエッセイもお書きになる。小説、マンガ、イラストレーション、絵本と多くのジャンルの編集者や関係者が水丸さんの才能を見逃さない。

 そして不思議なことに、それぞれの表現のジャンルで全く異なる個性を見せつけて下さるのだ。その内のひとつだけに触れたら水丸さんの事を誤解していまいそうな程強い個性的な力を放っている。

 例えばエロティックな大人っぽい小説の世界観とマンガの極北の世界は重なってはいても異なっているし、イラストレーション、特に作品としてのイラストレーション等、官能的な隠し味はあるとしても、やはり際立つ個性は、すっきりとした美しい叙情性といったものではないだろうか。また、可愛らしいウサギやキャラクターの登場するシンプルな絵本と官能的な小説を作者を知らずに読んだとして、同じ作者が書いたと理解できる人がいるだろうか。

 人間の中に多面的に個性が存在する事は当然の事であるが、今あらためて、こんな風にいくつもの個性をはっきりと分けて率直に表現をしている水丸さんて本当にすごい!と思う。そしてどの世界観をとっても強烈でパワフルなのである。

 個人的希望を込めて言わせていただくと、水丸さんの本領はやはりイラストレーションなのだと思う。それも作品としてのイラストレーションだ。

 エロティシズムや極北の人間観察、また相反する暖かな眼差し等といった多層構造的隠し味があるからこそ、あのシンプルなラインの美しい作品には現代の人々の心をとらえて離さない力があるのだと思う。

 様々な状況の元に生きている人々の胸に共感を呼び起こすのだと思う。

 

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